静かな島の赤い川 Ⅰ

Prologue


「××島にキャンプに行こうぜ!」

山口のその一言が全ての始まりだった。今考えれば、その島についてよく調べもせず、たいした準備もせずに来たことを後悔している。まさかこんなことになるとはあの時は誰も、誰も予想していなかった。

いや、予想出来るはずもない。だってこれは、俺らの常識というキャパシティをはるかに越えたことだったから。

『恐怖』

この言葉の意味は俺はホラー映画などでしか知らなかった(前に「シャイ◯ング」というのを視たが、あれは今の状態そのものかもしれない)。

今まで一緒に遊んでいた友人。それが今は、互いの心中を探り合う、言わば『敵』である。友人を『敵』にまわす、それは『二重スパイ』のごとく、やりきれないものがある。

幼馴染み。

友人。

悪友。

サークルの先輩。


みんな、みんな。今は『敵』だ

心にとけた鉛がたらされ、それが染み込んで鈍く固まってしまったような。

土の匂いも、錆び付いている。

これは……、何の臭いだ?

そんなことは考えても無駄だろう。今、最優先して考えることは決まっている。しかし、それはあまりにも残酷で、俺の錆び付いた心を粉々に砕いて、土にすら還してくれないような、そんな決断だ。

いつもの、「だりぃ。」とか言っていた日常が今はどれくらい自分達が恵まれ、安全の中にいたのか、そんなことを考えさせる。

なぁ、誰か。

教えてくれよ。

いったい、おまえは誰なんだ?





Episode1―――――――――――××島へ


真夏の太陽が射し込む教室の中。俺は目線だけをずらして、教室の時計を確認する。

俺こと長谷川雄(はせがわゆう)は今、この日最後の授業を受けている。残り10分、数学の授業なのだが授業の内容は全く入ってこない。
この後に訪れる喜びに思いをはせているからだ。


10分とは短いようで長い。先程からあまり時間がたってないように感じる。
やがて心待ちをしていた終了のチャイムが学校中に響いた。数学の教師が教室を出ると同時に、担任が入れ替わりに入ってきた。


明日から夏休みに入る喜びを胸に、俺は心踊らせたままホームルームの時間に入った。が、それは間違えだった。夏休みといえば待ち構えているのは休みという幸福だけではなかったのだ。


そう、それは膨大な量の宿題だった。俺が勉強が出来ないという訳ではない。が、さすがに気分の良い時に水をさされるのは、いつも以上に気分が削がれて悪くなる。
全ての宿題を配り終え、長い休みの期間に入る前に必ず行われる注意を聞かされていた。



俺は高校2年なので、去年も同じ事を聞かされている。それは、決してその時の内容を覚えているわけでは無い。しかし、なぜかそんな気持ちになってしまう。

そんな長い説明も終わり、帰りの挨拶を残すだけとなった。その挨拶は、いつもと何1つ変わるものではない。だが、今は夏休みに期待をよせているので、1分1秒がおしい。

「起立!礼!」

今日の日直が、声高らかに号令をかけた。

「「さよなら!」」

号令をかけ終わると同時に、テンション高らかに教室から出るものや、友達と一緒に夏休みの予定をたてるものがいた。

俺は後者で、これからの予定を俺の席で話し合うことになっている。

その中で一番最初にやってきたのは、岸上雪乃(きしがみゆきの)と秋元優(あきもとゆう)だった。

2人とも女子で、雪乃は小柄な体と端整な顔立ちに、何に対しても一生懸命なところがあるので、生徒からの人気が男女問わずに高い。



それに比べて、優はモデルのような体型と人当たりの良さで下級生や同級生からの人気が高かったりする。

「長谷川君、授業お疲れさま」
「雄、授業お疲れ」

「あぁ、2人とも授業お疲れさま」

俺は右手を挙げて返事をした。素っ気なく思われるかもしれないが、恥ずかしいので無理だ。

次に来たのは、池上直人(いけがみなおと)だ。顔こそ普通だが、このクラスの学級委員で紳士的なやつである。だけど、咄嗟のボケや突っ込みに弱かったりする。

タッタッ、爽快なスキップとともに最後のやつが到着した。名前は、山口健(やまぐちけん)だ。山口は俺の親友であり、悪友でもある。

これで全員が俺のまわりに集まってきた・・・・・・訳であるが・・・・・・。

「……気持ち悪いぞ山口。どうしたんだよ、そんなににやけて」

「おぉ分かるか!?俺の喜びが分かるのか!?」



正直言って、うざい。以前も一度たりとも良いことなど無かった。・・・・・・それになぜか、よくある事なのに今日はなぜか悪い予感が頭をよぎった。

「あぁ、おまえが喜んでるのはよく分かった。だがな、今回はパスだ。悪い予感がする」

こう言っておけば大丈夫だろう。真剣に向き合ってしっかり断れば、しつこくは言ってこない。山口はそんな性格だからだ。

「いや、駄目だ!今回は譲れない。この企画だけは、何としてもこの夏休みに行いたいんだ!」

山口が身振り手振りを使って熱弁すれものだから、その場に居合わせた生徒や俺達は驚いてしまった。

「ど、どうしたの、山口君!?いつもの山口君じゃないよ?」

雪乃がおどおどしながらも、俺達が一番知りたい事を真っ先に聞いてくれた。

「それはもちろん皆と思い出を作りたいからね!」

「じゃあ何処に行くの?決まって無いなんて言わないでよね。はははっ」

優が面白そうな顔をして、ふざけ半分で聞く。

「××島にキャンプに行こうぜ!」



――翌日

俺達は今、山口に指定された港にいる。手には、1週間程度の荷物を詰め込んだ旅行カバンを持っている。

主催者の山口を、俺を含めた4人で待っている訳だが・・・・・・、いっこうに来ない。約束の時間である、午前9時はとっくにまわっていた。

「それにしても遅いな、山口のやつ。・・・・・・まさか忘れてるんじゃないだろうな」

雪乃が首を横に振る。

「ううん。それはないと思うよ、長谷川君。山口君はあぁ見えても約束は守ってくれるよ」

それは女子にだけであって、男の時には適用されない。むしろ来ない確率の方が断然に高い。

「それは女子にだけであって――」

「雪乃の時は守ってくれたもん!」

雪乃に言われると、反論が出来なくなる。それよりあいつ・・・・・・、ちゃっかり雪乃とデートしやがって。



「ユキ、落ち着いて。ユキの言い分も分かるけど、山口県はそういう男なのよ」

優は1年生の頃から山口健のことを山口県と呼ぶ。

「……そうなの?」

雪乃が首を傾げてこっちを見る。その仕草に一瞬、ドキッとしてしまう。顔が赤くなっていないか心配をしつつも、冷静を装って返事をする。

「あぁ。山口はそういうやつだ」

不意に、船が海面を掻き分ける音とともに山口が姿を現す。

山口が乗っているのは、立派なクルーザーだった。それでさえ驚くことなのに、山口が運転をしているときたものだからさらに驚いた。

「おい、健。そのクルーザーどおしたんだ?」

池上のもっともな質問に、優が便乗する。

「山口県、まさかそのクルーザーは、盗んだものとは言わないわよね……?」



「んなわけないだろ!これは正真正銘俺のクルーザーだ!」

そう言うと、クルーザーの免許を皆に見せた。

「それ、偽物じゃないわよね?」

「……そうなの?」

優の言葉に雪乃が首を傾げた。

「まぁまぁ、そのぐらいにしておいてやれよ。・・・・・・ほら」

山口は、そんな風に思われていたことが気にさわったらしい。さっきとは打って変わって静かになってしまった。

俺はいつも優のストッパー役だ。こいつらをそのままにしておくと、いつまでたっても終わらない。

かと思いきや、すぐに復活した山口は、俺達に荷物を詰め込むように指示をだした。

荷物を詰め込み終わり、俺達を乗せたクルーザーは出発した。



「なぁ山口。今回行く島の名前って、何ていう島だっけ?」

夕凪島(ゆうなぎとう)だ」

素っ気ない返事をされる。まだ少し起こっているみたいだ。

「山口君。夕凪島ってどんな島なの?」

とたんに山口の目の色を変えた。

「夕凪島は、その名前の通り、夕方になると無風になるんだ。島の大きさは大体八丈島くらいだな。幽霊がでるということで有名なところでもある」

優が多少怒りがこもりながらも、珍しそうに山口を見る。

「ふ~ん。山口県にしてはしっかりと調べてるじゃない」

「・・・・・・どうも」

山口はまたふてくされてしまった。今度は完全な無視を決め込む。

可愛い女子ならすぐに機嫌もなおるはずが、なおらない。ということは、優は可愛い女子とは認識していないらしい。

先程から、池上の姿が見えないと思い、近くにいた雪乃に聞いた。どうやら船酔いで寝込んでいるらしい。



やがて、池上が復活してきた。しかし、外の景色を見た池上は絶句する。

「・・・・・・なんだこれは」

顔に恐怖の色が浮かぶ。

風が強く波も高い。立っているのも難しい程だ。雨は降っていないものの、いつ降りだしてもおかしくない空模様だ。

しかも、唯一クルーザーを動かすことの出来る山口がいない。船酔いになってしまったのだ。その本人いわく、「俺もこんなのは初めて・・・・・・」とのことだ。

閃光一閃。雷の音がする。それと同時に、待ってましたと言わんばかりに俺達を雨が激しく打ちつける。

皆、気が気ではなかった。
「おーい!皆、大丈夫か?」

激しく揺れる船。いつ誰が海に落ちても不思議ではない。すぐに対応が出来るように、まず安否を確認した。

「こっちは大丈夫よ」

「あぁ、こっちも大丈夫だ」

「雪乃も大丈夫。・・・・・・
でも気持ちが悪い」

とりあえず3人とも無事のようだ。



あとは、山口を確認するだけだ。・・・・・・しかし、さっきから降り続ける雨の影響で立っていられなくなってしまった。

仕方がないので、這うようにして山口のいる部屋を目指す。

ようやく山口の部屋の前に着いた。雨で滑るドアをしっかりとにぎり、そしてゆっくりと立ち上がり、ドアを開く。

「山口、大丈夫か・・・・・・って山口!」

山口が何もない部屋を寝たまま、行ったり来たりしていた。

「おい、山口!起きろ、起きてくれ!」

「んっ?あぁ、長谷川か。着いたのか?」

駄目だ。山口のやつ完全に寝ぼけてやがる。

「そうじゃない。大変なんだ。俺達じゃどおしようもないんだ。だから、早く!」

「おぉそうか!おまえ達もようやく俺の偉さが分かったか」

こいつ・・・・・・、助かったら一発殴ってやろうか。



「分かったからなんとかしてくれ」

こいつしか運転が出来るやつがいないのが痛い。

「よし。今準備するからちょっと待ってくれ」

「分かったから早く――」

「「キャァアアアア!!」」

外から女子の悲鳴が聞こえた。俺と山口は状況を確認したが、3人とも無事だった。

しかし、3人ともある一点を指して固まっていた。その指の先を見ると……、大きな津波だった。この船ぐらいなら簡単に呑み込んでしまうだろう。

大きな音とともに、津波が俺達をさらった。その直前俺は何かを掴んでいた。

冷たい。なぜかそれが第一印象だ。

目を開くとそこは、海の中。海の中は海面と違い、とても静かだった。

俺は死ぬと思い、目を瞑ろうとした。が、おかしな事に、自分の体が引っ張られるように浮いていく。



右手に何かを掴んでいる感触があった。それが、直前に掴んだものだて思い、それを見る。なんと手にしていたのは、幸運な事に浮き輪だった

浮き輪の力を使い、なんとか海面から顔をだす。いつも吸っている空気がとても美味しく感じられた。

酸素が身体中を巡る感覚が手に取るように分かる。やがて、頭がまわるようになり、大切な事を思い出した。

皆は!?

「おーうぷっ、山口!雪乃!秋元!池上!どこぐわっ」

・・・・・・・・・・・・返事がない。波が高く視界が狭くて周りがよく見えないし、喋るだけでも一苦労だ。

・・・・・・見えた!今チラッとだけだが、雪乃の顔が見えた!

必死で泳ぐ。が、全く進まない。それどころか、どんどん離されているようにも感じる。浮き輪が邪魔だ。・・・・・・これを捨てれば雪乃の所まで行けるかもしれない・・・・・・。



もし、それで雪乃のところに行けたとしても、あの島まで泳いで行けるか分からない。

浮き輪に掴まっていれば助かる確率は上がる。しかし、そうすれば雪乃を見捨てることになる。

・・・・・・俺には出来ない。浮き輪を離し、雪乃目掛けて泳ぎだす。

少しずつだけど距離が縮まっていく。このまま行けば雪乃のところまでたどり着く。

あと・・・・・・少し。

あと・・・・・・パシッ、よし、腕を掴んだ。

・・・・・・他の皆は?雪乃を抱えたまま頭だけを動かし、辺りを捜した。

・・・・・・・・・・・・見つからない。仕方ない。今は雪乃だけでもあの島まで。

住民がいる事を願おう。そしてそこで捜索をして貰うしかない。自分が死んだら助かる命も助からないからな。

そう思い、自分の出来る限りの泳ぎをした。





Episode2―――――――――――始まり


俺は気付くと、そこは浜辺よりも少し奥に入った木々の間だった。木々はうっそうと繁っており、時折太陽の光が差し込む。本当にここは浜辺の近くかと疑ってしまった。

「雪乃!?」

周りに雪乃の姿が見えない。

この島に着いたときは確かにそばに寝かしたはずなのに。

言うことの聞かない体を無理に起こして、周りをもう一度見渡す。

「お~い。長谷川君」

この声は・・・・・・雪乃!?

よかった生きてたのか。

「雪乃無事でよかった。本当によかった。・・・・・・あれ?でもどこに行ってたんだ?」

雪乃が肩で呼吸をしている。汗も相当な量だ。俺も汗をかいているが、それ以上いかいている。きっとこの島を見て回ってたんだな。

「それは――」

「どうだった?何か見つかった?」

雪乃が驚いたように目をぱちくりさせている。



雪乃は顔立ちもいいし、ついつい見入っちゃいそうだ。

「どうして分かったの?」

さっきのに付け足してもう少し詳しく教えてあげた。

それにしてもこんなにのんびりしていてよかったんだっけ?

「雪乃。俺達何か忘れてないか?」

不思議そうに俺を見つめてくる。

「山口君達でしょ。どこか頭でも強く打っちゃった?」

・・・・・・すっかり忘れてた。それにしても雪乃は時々酷いことを言うな。

「それで山口達はいたのか?」

雪乃は下を向いて首を振ってしまった。ということはまだ見つかってない・・・・・・。おそらく昨日の雨のときにどこか遠くに流されてしまったのだろう。助かって嬉しい反面、友を失ったかもしれないという何ともいえない悲しみが押し寄せてきた。